2016年3月23日水曜日

僕の物乞いとの向き合い方、途上国を旅して学んだこと。

この世の中は『綺麗な世界』ではない。
差別や偏見、豊かさは一部に集中し、1日を生きて行くのに精一杯の人が沢山いる。
そんな世界を裕福な国に偶然生まれただけの若者が旅をしていると、当然のようにお金持ちだと思われる。

日本で生活している僕にとって、自分は日本でお金持ちだと思ったことはないが、途上国の人々からしてみれば日本の若者は十分お金持ちだ。

海外の発展途上国を旅していると絶対について来るのが、物乞いとの接し方だ。





物乞いって豊かな国に生まれた人にとって良い印象じゃないし、接し方がわからない人が多いのではないだろうか?

僕が始めて海外を旅したのは20歳の時。

その時に訪れたカンボジアで初めて大勢の物乞いと接した。

最初はどう接していいかわからず、囲まれたり付きまとわれるのが嫌でお金を渡していた。

それがだんだん慣れてくると"無関心"になり、適当にあしらうようになってくる。

正直僕はお金を無償で渡すのは嫌いだ。

僕の考えは"等価交換"何かを得るためには何かをしなければならない。

ただでお金をくれ!ってだけでお金を渡すのは、等価交換ではない。

なので今の僕は物乞いにはお金を渡さない。

ただ、その人が少しでも僕に何かをしてくれたら、それはもう"物乞い"という行為ではなく"ビジネス"となると思う。

だから僕は物乞いをしてきてお金を渡したいなと思った時は、こっちも何かを要求したい。
例えば写真を撮らせてもらうや、道を教えてもらう等。

僕が海外で物乞いと接して思ったのは、少し生まれる場所が違かったら自分もこの人たちと同じ事をしなければならなかったかもしれないという事。

自分は日本に生まれただけで幸運であること、物乞いをしなくても生きていける環境にいることを意識していかなければいけないと思った。

ただ、インドでは物乞いは職業とみなされていて、渡す人は寄付という商品"を買うような感覚でお金を渡している。

物乞いで普通に働くよりも稼いでいる人もいるし、物乞いをする為にわざとみすぼらしい格好をしている人もいる。

だから必ずしも『物乞いをする人=お金がない人』というわけでもないのが不思議なところだ。

目に見えるだけが現実とは限らない、世界は以外と複雑に成り立っているんだなぁと旅を通して学んだこと。


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